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ブログ移転のご案内

2017年03月22日 15:57


ブログを引越し致しました。
過去記事と、おはなし をまとめて移しました。
引越し先で、①白い犬のアトリエ(まだ休業中) ②Over Dressed Bunny 〜6月の着飾りうさぎ
2つのお店の記事をUpしていきます。

いつも応援、ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いいたします。
ついに!ついに!これでやっと、画像が大きすぎるとか色々言われないでサクッと更新していけるはずです〜
本当に面倒だったので解放されるのが嬉しくて.....涙。笑

次の記事から、新ブログで書きます。→ 白い犬のアトリエ
http://shiroi-inu.com/
最初の新しい日記は28日にUPする予定です。
2017.3.22
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繋ぐ手

2016年07月17日 15:49

cathedral
画像はwikimediaより カテドラル《大聖堂》


突然の独り言ブログ、今回は美術(?)です。

自分のやっている事に不安を覚えるとき、私は"本物"を見て調律しようとするのですが、
この カテドラル は昔から大好きな作品。
そこは流石のロダン作、ということで写真でもオーラがあるし、特にこの画像は撮った人の感性が見えますよね。
この、女性側の手(と私は思っている)が儚く優し気に、美しく見えるアングルで撮られた カテドラル は実はなかなか無いのです。

この作品は私にはもう一つの意味があって。
それは、「自分を信じる」ということです。

これが創られた当時、つまりロダンが生きていた時代、造形美術の中でこういった部分像というのはかなり異色だったそうです。
実際、彼の親友フェルギエールの方が当時の評価が高く、'全体が完成された'公共の作品をたくさん遺しています。
ロダンは、発注者に突き返されたりしながらもこういった独特の感性の作品を創り続け、現在での評価はご存知の通りです。彫刻家の中には、造形美術の歴史をロダン前 ロダン後 で分けて捉えている人もいるとか。
全体像が当たり前だった時代に、「出来ました!」と言って手だけ持ってこられたら確かに驚いてしまう。
でも、これで完成している ということを譲らず、評価を後の世の人に委ねた
そういうスピリットは、根っからのアーティストではないと持っていないですよ。
美しいものが人類に貢献するという信念が、自分の名誉・命よりも前に来る。
そしてそれに応えられた人達がいる。
その事が、人間社会への福音のように私には感じられるのです。

作品名が、大聖堂 であること、
二本の手が、はっきり男性女性と分かるように作られていないことも
この手の中の空間が作品になっていることも、
想像力の豊かな人間にとってはこの上なく美しく優しい。



いつか家に石膏像を置きたいな、と思っていますが
イギリスで作られたやつが形が良く、Amazon UK で売っているのだけど日本へは配送してくれないそうで残念。
ヨーロッパ旅行に行けたとするならば、アンティークショップで運良く大理石の好みの物に当たらないかと期待しています。模造品は、やはりちょっとずつ形が違うので、好きな物で、お財布ともお友達になれるものに出会うのはなかなかに難しいです。
それで初恋の人を想うように、いつも写真で眺めているけれど、
このロダンの館で実際に目にして、こんなんじゃなかった と思う可能性はあるなと。
パウロ・コエーリョの「アルケミスト」で、ガラス屋の主人が
長年焦がれていながら絶対に巡礼に行かない自分を知っている、行きたいと願うこと自体が私の人生そのものになってしまったからだ
と言うのですが、その気持ちが分かる、と感じるのがこの作品と私との関係なのです。


不足の美、ということで言うならニケ像も美しいけれど、やはりあそこにあるのは 欠損、 のオーラで
こういった部分作品とはまったく違う。
人って、「これが足りないんじゃないか」とはすぐ思うけれど、
無い方がいいんじゃないか、これがあったらいけないんじゃないだろうか?とは普段なかなか考えていない気がします。
21世紀になって、何が必要なかったか、人を逆に不幸にしてしまう物をあぶり出し捨てていくことが出来たなら
みんなが幸せになる世界に、もっと近付ける気がする。


そういう祈り、ということでもう一つ並べるならこれかな〜








ラザロは待つ

ミヒャエル・エンデのお父様、エドガル・エンデ の 「ラザロは待つ 」です。
この作品の解説をするにはわたし色んなものが足りないので、完全に主観なんですけれど、
私は、これは祈りの絵だと思っているのです。
聖書を学んだことのある方なら、このタイトルとこの絵、ということでそう感じる理由が分かるかも知れないです。


私の病気というのは、乳がんだったのですけれども、
年齢的に微妙な時期だったこともあり、子供を諦めなければならなかったり
小さなお店を始めるために苦労して貯めてきたお金も失ってしまって、夢も描けなくなってしまった。
そして、こんな時こそしっかり支えてくれる、と期待していた人も思っていたのと違った…誰も悪くはないのだけど。
女性として非常に辛い出来事でありました。
今まで、理不尽でもたくさんのことを乗り越えてきたのに。
どんなに辛い時でも笑ってきたのに。
頑張るほど、より強いパンチが飛んでくる現象を目の当たりにして、2年間心が折れ続ける日々。
でもやっと、もう少し進んだら、いい経験をした と言える場所まで歩けそうな気がする。

未だ、二つの心の中で揺れています。
どうせあの時 「わたし」は死んだのだから、残りの人生を思い切り美しく生き切ってみよう という利他の精神と、
あんなに頑張ってきてこんな目に遭うのだから、これからはもっと我が儘に自分を大事にしてみたい という気持ち。
今は、不安定に揺れながら、一瞬一瞬を全身で感じてみようと思います。



わたしにはずっと、 「この世にはつらいことが有る」と語る勇気がなかった。
どんな目にあっても、笑おうとしてきたし
秘すれば花、で苦労は隠して、輝くものだけを、明るい部分だけを伝えていくことが出来たらと思い
また、自分には弱音を吐かずにそれを成し遂げる能力があると信じたいと思っていた。
周りの人のおかげでこんなに幸せです と語るのが恩返しになるとも。

でも、信じてきたもの、積み上げてきたものを全部無くして
ただ、壁の模様を見つめながら1日をやり過ごすしかなかった時、
私の心に入って来られたのは、頑張って!という励ましではなくて
たくさん泣いた人達の 「泣いてもいいんだよ」「負けてもいいんだよ」「不満に思ってもいいんだ」という形でのエールだけだった。

この世には、努力でどうにもならないことがある。
理不尽な、悲しいことがいっぱいある。
どう光を当ててみても、陰になる場所がある。
だから人はお互いにいたわり合うために、こんなにたくさん集まって生きているのではないか。
だから人は、ほんもの の美しさにこんなにも惹かれて慰められるのではないか。

私が、
あぁ、また生きられるかもしれない
と思ったのは、ふと、シプリアン・カツァリスの ショパン、バラード2番、「火のように」演奏する部分を聴いた時でした。
手術から1年、笑ってみせるけれど希望なんか何処にもなかった。何を見ても、考えても、1秒1秒が、つらくて。
でも、美しい旋律、神の手のような演奏を聴いた時、この世界にはこんな素晴らしいものも一緒に生きているのだったな、
ピアノが弾きたい!今度こそ大好きな美しいものに没頭するためにもう少しこの世に留まりたいという気持ちが湧いて、暗闇から立ち去る一歩を踏み出すことができた。
それは奇跡みたいでした。

そこから少しずつ心も体も回復してきて、今は、
下手でもいい、みっともなくてもいいから、本当に心が動くものと時間を紡ぎたい
自分の弱さ、ダメな部分を取り繕うためにエネルギーを使うのはやめよう
人から立派だと思われたいという(あるいは変な人だと思われたくないという)意識はもう無い
そんな感じの気持ちで過ごしています。


ショパンのバラード、私が音楽家になりたいと確信した中学の時に母と聴いた交響曲のこと、今作っているフルート曲のシェア、なんちゃって音大講習時代のお話など、おいおい書きたいことはあるのですが今回はこの辺で。
それからシリア支援のことも。
今まで、あまりシリアスな話題を取り混ぜると、せっかく夢を見に来て下さった方の気持ちを壊してしまうと思って
こっそり別の所でお話していた「世界のために私たちができると思うこと」について
カテゴリーでしっかり分けながら、ちゃんと発信していきたいと思います。
乳がん治療経験者として、お役に立てそうな情報も。

ここまで、有形無形の形で応援しながら待っていてくださった方達へ心からの愛と感謝をおくります。
ほんとうに ほんとうに。

髪の毛も戻ってきて、ちょっとずつ外出出来るようになっているので、いろいろまた、お声掛け下さい


そ れ か ら!
じつは友人たちと共に、私の復活を支えてくれた可愛い存在のことをずっとずっ〜とご紹介したかったのです。
彼女と共に、新しい作品・新商品の開発を進めています。
ということで、次回
看板うさぎがやってきた!
ご期待ください〜 笑


うさぎのおしり






2016年06月10日 18:17

近日中に更新

ご心配頂いているかた、ご連絡出来なくて本当に申し訳ありません。

あけましておめでとうございます。

2016年01月03日 22:18

年賀状を下さったみなさま、ありがとうございます!
そして、こちらからは差し上げていなくて本当に失礼致しました。

まだ、やはり体力が付いて行かずに日々の生活を立て直す事で精一杯で、今年まで、年賀状をお休みさせて頂きました。
ですので、どなた様にもお出ししていません。
なかなかお約束がし難いですが、春頃までに一筆書いてお届けできたらと思います。
どうぞ、気長にお待ちください。
お年玉はがきの当選の可能性を、一枚分減らしてしまった事は償う事が出来ませんが。
他の交友関係の方で、頑張って当てて頂きたいと思います。

お店として、もっと楽しい話題を書きたいな、
綺麗な楽しいものをはやくお見せしたいな、と毎日のように思います。
そして実は、結構可愛らしい話もあったりするのですけれど、いかんせん
1日に元気いっぱい動ける時間が4時間程度といった具合で
今は体と気持ちをゆっくりさせる事に決めています。
フラワーアレンジの本や、画集なんかを見る事が多くて
わたし、再来年イタリアかフランスに留学します!多分。

断捨離もしています。持ち物を2割に減らす事が目標で、(2割減らすのではないです。10個を2個にするのです)
お洋服も、微妙なラインのものとはすべてお別れしました。
そうすると、今までと同じ予算でずっと良いものが持てる、と気がついたんです。

治療中、得たもの失ったものたくさんありました。
いろんな事がずいぶん変わったと思います。
その事について、今はまだ真実に近い話が出来ないと思うのですが、一つだけ言える事は
私は本当に人に恵まれていて、真剣な、人の思いやりというものを沢山見せて貰いました。
そのことに、只々 ありがとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。
いろいろと、楽しみにしていて下さいね〜♩



不定期更新。のんびり話したい事だけ


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